日記・コラム・つぶやき

良元優作さんという大阪の歌い手さん

一昨日、浅草のバー(銀幕ロック)で良元優作さんの生歌を6年ぶりに聴いた。(おそらく北加賀屋ク・ビレ邸でのライブ以来)

MCの大阪弁が心地良い、東京で聴くと余計に。

優作さんはやっぱりライブで聴くべしやな♪

嬉しくてサインいただく。(こんなときのために8年前に買ったCD持参!)

最初に優作さんの生歌を聴いたのは9年前。

歌い続けるってすごいな、素敵やなと思った。

楽しい夜やった(^^♪

Img_0051_2

「世界で一番美しい包丁の図鑑」という本

大田区立蒲田駅前図書館で

「貸し出しゼロ回の本(誰も借りたことない本)」

という展示やってて、粋な企画やな~とまんまとハマって借りてしまった本。

イギリスの翻訳本やけど日本の職人さんってやっぱりすごいな~と感心したり、ロンドン在住?の日本人漫画家 轡田千重(くつわだちえ)さんが漫画を担当してたり、なんか日本人が誇らしく思えて嬉しくなった。写真も綺麗で借りて良かった。

出版から1年以上経過してるけど貸し出しゼロでしょ、

販売数はどうなんやろう、採算合うんかと余計な心配してまいます(^^;)

東京都内の図書館には40冊ほどの蔵書ありー、です。
(図書館横断検索:カーリルローカル調べ)

『世界で一番美しい包丁の図鑑』(出版社: エクスナレッジ)

Img_0048

お母さんをえらぶ赤ちゃん

私はやっぱり お母さんを選んでこの世に生まれてきたんやなと思う。
お母さんがあの世に行って39年たつけど、ほんとにそう思う。
ありがとう、お母さん(^^)

Img_7931

49年前、父は大阪の浪華絹綿という会社に勤めていた。

49年前、父は大阪の浪華絹綿という会社に勤めていた。

滋賀県出身で5人兄弟の末っ子で、恐らく10代で大阪に出て来て就職したんやと思う。

当時37歳で学歴もないなかで、埼玉にできる新しい工場を任されることになっていたらしい。よほど頑張ったんやろうし、仕事ができる人やったんかな。妻と幼い娘2人と埼玉に引っ越す予定だった。

でも引っ越しすることはなく、父は突然1人であの世へ旅立つ。働きすぎやったのか、何の前触れもなく。6歳と5歳の娘と7歳下の妻を置いて。

無念やったやろうなと思う。妻と娘は大丈夫かとあの世で随分心配したかもしれん。

「心身ともに清く正しく美しく」と願いをこめて「清身」と名付けた二女には宝塚の女優さんにでもなって欲しかったのかな?若い時分にNHKラジオの「のど自慢」に出場するぐらい歌が好きやった父やし。

その二女はいま、人前で、歌ってはないけど、落語を自分の仕事に活かして楽しそうにしています。全部お見通しやと思うけど(^^)

この2月11日でめでたく五十回忌。ありがとうお父さん。

(若かりし頃の父↓ DNAを感じるわ~w)

Img_6665

朝日新聞「ひと」欄の影響力すごいです!

平成28年9月9日(金)朝日新聞2面の「ひと」コーナーに取材記事を掲載いただきました。

創作落語で「終活」を1万人に伝えた行政書士

160909_

「ひと」コーナーは、日本全国・世界から有名無名の方を紹介するというコーナーで、毎日チェックしている読者も多いようです。

ここに掲載になると聞いたとき、「へっ?ええのん?こんなええ場所に載せてもらって」と思いました(^^;)

反響はすごいです。さすが朝日新聞さんです。

掲載日のHPアクセス数はいつもの約20倍!(すぐまた元通りですけど ^_^;)

Facebookに投稿したところ、「いいね」がいつもの4~5倍!(素直にうれしいです!)

記事をきっかけに講演のお問合せも数件いただきました。(有難いです)

落語を始めたことも、行政書士試験の勉強をしたことも、講演活動をするようになったことも、「絶対にこれやりたい!」って確固たる意志があってのことではないのに、いま思えば不思議な巡り合わせです。

人生どう転ぶかわからないんですよね。だから若いうちに将来のことを「あんたどうするの?」と詰め寄る風潮はどうなのかと思います。

同様に、先の保証がないと動き出せない若い人もどうかと思います。

先のことなんかわからんのにね~。

私が落語を始めたきっかけというのは、

着付けを習い始め着物生活が楽しくなってきていた頃、「もっと着物と仲良くなりたいな~、着付教室が終わっても着る機会を作らなな~」と思っていたときに、

NHKの朝ドラで落語を題材にした「ちりとてちん」が放送されていて、そして上方落語協会主宰の落語教室があることを知るんです。そうや落語は着物でするんや、落語教室に通えば着物を着る機会が増える!

落語なんて私にできるのかな~、まぁいいや、どんな教室なのか話だけでも聞きに行こうと説明会に参加するんですが、そのとき、もし定員を超えるほど参加者がいたらやめておこう、と思っていたんです。

だって、どの人もきっと私より落語がやりたくて来ているだろうから、私は着物ともっと仲良くなりたいという理由なわけで、また別の機会でいいや、という感じでした。

ところが、半年前の1期生の募集の際には定員の倍ほどの申込みがあったと聞いていたのに、私の入った2期生のときには定員に満たない申込み状況で、それならと入門を決めたのです。

行動はするけれど、人生いい感じで(天に?)お任せ状態(^^)

落語を習っているときに、これを仕事に活かそうなんてまったく考えていませんでした。いまこんなことをしているのが不思議で、人生って何が起こるかわからないから面白いな~としみじみ思います。

普段の講演では、行政書士ならではの相続をテーマの創作落語のあとにエンディングノートや相続遺言の法的なお話をしていますが、

人生について語るような機会をもしいただけたら、この不思議な巡り合わせのことなど、喜んでお話させていただきます(^^)

取材記事の掲載日はSMAPさんのCDデビュー25周年の日(あんなにあんなに多くの人を感動させるグループがこのままほんとに解散しちゃう?)、翌日9月10日は広島カープが25年ぶりのリーグ優勝を決めた日、

関係ないけど、なんかうれしい(笑)

いろんな巡り合わせに感謝するとともに気を引き締めて、これからもやりたいことをやっていきます(^o^)

<生島清身(天神亭きよ美)のプロフィールです>
行政書士・落語講演家
大阪市出身、2015年8月から東京都在住。
秘書業務、インターネット関連業務を経験後、41歳で不妊治療をスタート。
仕事を休業し治療に励む傍ら、着物好きが高じ繁昌亭落語家入門講座に通い、その後「天神亭きよ美」という高座名で社会人落語会に参加。
また、不妊治療を通して「いのち」について深く考えはじめる。
行政書士試験合格後、きよみ行政書士事務所を開業。
遺言・相続業務の一環として、カルチャー教室にてエンディングノート講座講師を務めたのを機に、市民講座や終活セミナー等で、エンディングノートを活用し人生を見つめ直してみることを提案する講演活動を始める。
遺言知識を深める落語「天国からの手紙」を創作し、落語の力を借りて遺言・相続を前向きに明るく伝えることに挑戦中。

●講演に関するお問合せ先
きよみ行政書士事務所 生島清身(いくしまきよみ)
E-mail:kiyomijimusyo★nifty.com
(★を@に変えてメール送信してください)

デザインを変更

ココログのデザインを変更してみた。

すっきりしていい感じ。
幅広くいろいろ書けそうに思えてくるなぁ。
ブログを始めて、まもなく、まる10年です。

niftyの会員になって(パソコン通信を始めて)今年でまる20年

niftyの会員になって(パソコン通信を始めて)今年でまる20年。

1.17の年の、確かゴールデンウィークからパソ通を始めたので年数は覚えやすい。初めて買ったパソコンはMacのPerforma(575だったはず)。

パソコンで文字を打って見知らぬ人とやりとりしたり、情報発信したりということを20年やってる。

当初、パソ通のいろんなことが全然わからなくて買った本が

『「暗黙のご了解」事典』(omimiさんの本)

P1020038

あまり物を持ちたくない私には珍しく、いまも手放さずにいる本。

この本のおかげで、著者のomimiさんのおかげで、そしてこの本を通して集ったさまざまな方にお世話になって、私はなんとかパソ通を使いこなせるようになり、いまのネット生活がある。

あれから20年か~としみじみ思う。

インターネット前の時代をBI(Before Internet)、インターネット後の時代をAI(After Internet)と言うそう。お正月、Eテレの「スーパープレゼンテーション」でMITメディアラボ所長の伊藤穣一さんがそう言っていた。

BIからAIへ時代が移り、いろんなことがガラッと変わってしまったのですよね。

私も、BP(Beforeパソ通)とAP(Afterパソ通)では、物の考え方や行動範囲が大きく変わった。BPの時代を知っているからこそ、AP以降の有難さが本当によくわかる。
(BP・APなんて言葉ないよ^^;)

BIとAI、どっちの時代も知ってて良かったなぁとしみじみ思う。

あれから20年。

被災地の皆さま、よろしければ大阪へ(大阪府・大阪市の支援情報)

 今日、大阪府の橋下知事の定例記者会見がありました。東日本大地震で被災された方に、府営住宅を1年間無償提供し、生活と教育面もサポートしますと強く述べられていました。(具体的には、高校生であれば原則入試を課さずに府立高校に入れるようにします、とのこと)

 果たしてどれぐらいの方が大阪へ来てくださるのかわからないけれども、もし希望者が多ければできるだけ応えられるようにしていきたいと仰っていました。

 大阪市でもいち早く市営住宅の無償提供を決めていますので、それらの情報を掲載しておきますね。

●大阪市営住宅の提供について
http://www.city.osaka.lg.jp/toshiseibi/page/0000116901.html

・提供戸数:500戸
・使用料無償、敷金免除
・受付:3月15日(火)~
・受付窓口:都市整備局住宅部管理担当(市営住宅入居契約担当)
・電話:06-6208-9264~6

●大阪府営住宅における被災者の受け入れについて
http://www.pref.osaka.jp/hodo/index.php?site=fumin&pageId=6436

・提供可能戸数:2週間以内を目途に約450戸(今後最大約2,000戸まで拡大予定)
・使用料無償、敷金免除
・受付:3月22日(火)~
・受付窓口:住宅経営室経営管理課管理調整グループ内 支援チーム
・電話:06(6941)0351(代) 内線6307

●東北地方太平洋沖地震の被災者等の大阪府公立高等学校への受入れ
http://www.pref.osaka.jp/kotogakko/gakuji-g3n/index.html

 何かできないかって、大阪のボランティアも待っています。よろしければ大阪へ。

避難所ごと関西に来ていただいたら…

 こんなに大きな地震があって、広範囲にわたる東日本の方たちがたいへんな目にあっているのに、こちらでは普通の生活をしているのが不思議です。

 被災地の皆さんに何かできないかって、多くの関西の人たちは考えています。

 避難所ごと関西に来ていただくっていう選択肢はないのだろうかと考えます。まだ家族がバラバラだったり、その場を離れられない人もいると思いますが、とりあえず落ち着けるなら少々遠い場所でもいいという方々に、まとまって関西に来ていただいたらどうでしょう。

 航空会社に協力してもらって(米軍でもいいかもしれない)被災地の最寄りの空港から関西空港や伊丹空港、神戸空港をピストン輸送していただいて。

 ライフラインが整っているだけでも落ち着いていただけると思いますし、支援物資が届かないという心配もありません。関西のボランティアも待っています。

 そして、関西に住むのも悪くないと思われたら、そのまま留まっていただいたらいいのでは。

 関西広域連合では被災者の受け皿として、府県営住宅や病院・施設などを確保することを決めたそうです。被災県ごとに担当を分担し、宮城県は兵庫・徳島・鳥取の3県が担当、福島県は京都府と滋賀県が、岩手県は大阪府と和歌山県がそれぞれ支援することを確認したということです。

 大阪の橋下知事は「本来なら国が全体として各地で受け入れるという方針を出してほしい」とコメントしています。

 生まれた土地、住みなれた町を離れるのはつらいでしょうが、被害をうけていない自治体で手分けして受け入れて、できる人から新たな生活を始めていただくのがいいのではないかと、そう思います。

GIGAZINEの求人と徒弟制度を考えてみる

 ツイッターで「GIGAZINE」(ニュースサイトです)の求人募集が話題になっていたので、募集ページを見に行ったところ、とてもまっとうなことが書いてあるって思ったので、よろしければ皆さんも読んでみてくださいね。

 しかし、ここの編集長、本音やわ~。勤務地が大阪になってるから大阪の人かな。

 会社って、お金をもらいながら勉強できる場って考えたらありがたいですよね~。もちろん、とんでもない雇い主や上司もいるので、そういうところは避けたいですけどね。でも、そういう経験もあとになって自分の血肉になってることもあるからなぁ。

 だから、労働者としての権利ばかりを主張する人をみると「あとで損しはるわ~」と思ってしまう。

 記者・編集者の募集ですけれど、こういう職種って、鍛えてもらったらその分知識や技術が身についてお金には換えられないものになるはずです。損得勘定もどう考えるかですよね。

 そんなことを考えてると、徒弟制度というのが頭にうかんで、そういえば以前、呉服のきくやさんのメルマガに、こんなことが書かれてあったなぁと思いだしました。

 「日本の伝統工芸は後継者も少なくなってきていて瀕死の状態」「仕事を教える替わりに衣食住を保証するという徒弟制度で成り立っていた職人社会が、労働関係の法律によって、半人前の間は極端に安い賃金で雇うという事が出来なくなってしまった」

 労働者を守るための法律も必要でしょうが、仕事がみつからなくてエネルギーを持て余している若者がぶらぶらしてるとしたら、徒弟制度を見直してみてもいいのじゃないか、と思ったりします。案外、いまどきの若者はそういうのを求めてるかも。

 学校で勉強するのが性に合う人とそうじゃない人がいるのに、大学に行くのが当たり前みたいな考え方はどうなんでしょう。若い人はもっといろんなものに触れて性に合いそうなものを見つけていくべきじゃないかな。学校の勉強だけが勉強じゃないもんね。

 落語の師匠と弟子の関係は徒弟制度といえるのかわかりませんが、落語業界はお弟子さんが増えすぎてるそうで(^^;)、ざこばさん曰く、米朝師匠は「(上方の噺家が230人~250人というのは)多すぎるなぁ~」と仰っていたそうです。

 何が言いたいのかよくわからなくなってきましたので、今日はこのへんで(^^;)

プロフィールと連絡先

フォト

おしごとページ

無料ブログはココログ
サイト内検索
ココログ最強検索 by 暴想