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大阪落語への招待(4)「落語」と「義太夫」

 5月18日「大阪落語への招待」4回目の授業に行ってきました。

 この日も、登壇される春之輔さんを恒例の拍手で迎えます。まずは、受講者が前回の授業の終わりに書いたコミュニケーションカードを読みながら、それに応えるような感じで話されます。

 前回の『時そば』と『時うどん』の比較は卑怯だという意見、片方はテープを流し、片方はライブですからね、ごもっともです。両方とも生で演じて比較するべきだと書かれていることに対して、「ここは大阪ですから、大阪の情を引き立たせたいというちょっと贔屓目はあるかもしれません」と前置きして、「東京のどこかの大学がこんな授業をやってくれるなら、いくらでもやりまっせ」とのこと。「できるもんならやってみい」とも(笑)

 東京の大学と大阪の大学でそんなことが実現したら、それはそれは興味深いですが、まぁそんなこと東京の人はしてくれませんよね~。

 さて、本日のテーマは「落語と義太夫」です。講師は、前回『時うどん』を好演された春雨さんです。(春之輔さんも春雨さんのことをちょっと見直したって感じです)

 本題の前にまず、学生さんから「長屋ってどんなもの?」という質問があったのでと、ホワイトボードに図を書きながら「地主さんはまず、通りに面した土地にお店や一戸建てを建てて売って、それらに囲まれた日当たりの悪い土地を細かく区切って平屋を壁一枚で仕切った住居をつくって貸した」と説明します。

 家賃は当時、畳一枚分が銀0.7匁で、6畳ワンルームで4.2匁。仮に、当時の1両(=60匁)を現在の10万円と考えると、4.2匁は7000円。風呂・トイレなしならこんなものでしょう、とのこと。

 ちなみに、1両は4000文で、『時うどん』に出てくるうどん代(16文)を現在の貨幣価値になおしてみると400円ぐらい、まぁ妥当な線ですね。
 
 さて本題の「落語と義太夫」です。

 まず「義太夫」の謂れから。江戸時代「竹本義太夫」という浄瑠璃を語る人がいて、その人の名前をとって「義太夫」と言うようになったとのこと。「文楽」「浄瑠璃」「義太夫」はどう使い分けたらいいのか私にはよくわかりませんが、「竹本義太夫」さんが当時業界の第一人者であったということなんですね。

 文楽を観に行くと、客席から向かって右側に三味線と語りの太夫さんが並びます。太夫さんは分厚い本をめくりながら語りますが、その本は1頁に5行、1行に8文字しか書かれていないそうです。1頁40文字なんですね。(老眼になっても大丈夫?)

 人形の横で語っていた浄瑠璃ですが、明治10年(1877年)寄席取締規則(そんなのがあったんですね)が規制緩和され、寄席で浄瑠璃をしてもいいようになった、また女性も演じてよくなったんだそうです。浄瑠璃が一般庶民に近づいて落語もその影響をうけていくということでしょうか。

 「寝床」「猫忠」「船弁慶」など、明治時代に浄瑠璃から発展していろいろな落語ができたとのこと。

 当時、義太夫がお稽古事として流行ったそうで、それをテーマにした「豊竹屋」を春雨さんが実演してくださいました。

 春之輔さんから受講者にうれしいお知らせとして、7月には春団治師匠が登場し「いかき屋」を聴かせてくださると約束してくださいました。そして当日は春之輔さんが前座で「豆狸」を披露してくださるとのこと。寄席とは違った環境で春団治さんと春之輔さんの落語を聴けるのがいまから楽しみです~。

 この日、着物姿の女性を一人見かけました。授業に着物で参加しているのは、たぶんその人と私だけかな。でも私は風邪で体調が悪く、この日はスカートの下にスパッツ、ジージャンというような格好。次回は着物で行けますよ~に。

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